2014.7.1 HP開設

観光ガイドの会 事務局

 

   みどり市観光課内

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大間々地区 おすすめコース

大間々の魅力は、江戸時代初期に町割りされた歴史のある街並みと、町からすぐに行ける渓谷(高津戸渓谷)です。このコースはその両方をお楽しみいただけます。

・各バルーンをクリックすると、説明が表示されます。

・地図上にカーソルを置き、ホィールを回すと拡大/縮小出来ます。

・地図はカーソルをドラッグして移動させる事が出来ます。

A 大間々駅 ⇒B ながめ公園 ⇒ C 高津戸橋 ⇒E はねたき橋                     

         (500m)       (100m)           (500m)

 

  ⇒F はねたき道了尊 ⇒G 神明宮 ⇒J 大間々博物館 ⇒ A 大間々駅

  (200m)              (200m)       (500m)               (700m)                 

                                                              (歩行距離:約2.7km)

ながめ余興場
ながめ余興場
高津戸橋
高津戸橋
はねたき橋
はねたき橋

はねたき道了尊
はねたき道了尊
神明宮
神明宮
三丁目常夜灯
三丁目常夜灯

新井家 門
新井家 門
大間々博物館
大間々博物館
大間々の街並み、岡商店
大間々の街並み、岡商店

大間々の「まま」
大間々の「まま」

「おおまま」とは?

 

おおままは約400年前、江戸時代の初期に町割りされた古い町です。でも、どうして「おおまま」というのでしょうか。

おおままとは、「大きなママがある町」です。

ママとは、崖とか傾斜地を意味し、ここでは渡良瀬川の河岸段丘をさします。大間々ではこのママが南北数キロにわたっており、「大きなママがある町」となるわけです。

大間々繁昌記

 

大間々博物館(コノドント館)は旧大間々銀行の本店でした。大間々銀行は明治16年に群馬県内で最初の私立銀行として開業し、この本店は大正10年建設されています。大間々は銀行を必要とするほど、ビジネスが盛んであったことを示しています。明治41年「大間々繁昌記」という本が発行され、当時の大間々の繁栄ぶりを伝えています。

大間々の繁栄をもたらしていたものは・・・・

 

 ・生糸を主体とした「市」の存在・・当時生糸は日本最大の輸出品でした

 ・足尾銅山や山中(*)とのビジネス・・・様々な物資(米・木材など)の供給。

   *山中(さんちゅう)・・渡良瀬川上流域を示す

 

あかがね街道とは?

 

江戸時代初期、慶安2年(1649年)に幕府が制定した足尾の銅を江戸に運ぶための街道です。足尾から馬の背に乗せて利根川の河岸まで運び、船で江戸まで送ります。一日で運送する区間毎に宿場が設定され、銅を一時保管する施設「銅蔵」が設けられています。

 

足尾 ⇒沢入⇒花輪⇒大間々⇒大原⇒平塚河岸→(江戸へ)

         ➘ 桐原   ➚    ➘  亀岡  ➚

 

大間々地区もこのあかがね街道の宿場でしたが、延享3年(1746年)前橋藩領に編入されたため、宿場は隣接する天領の桐原地区に移されました。